【その二】「場」の安心感が成長の土台

デンマークからの帰国の際に飛行機の中で読んだ日本の新聞記事が印象に残りました。日本のこどもの現状が書かれていました。

「学校で手を上げて発言したり、意識の高い話をすると陰口を言われるので、自分を押し殺すことがある。できるだけ自分を出さないことが自分を守ること・・・。」

う~ん、日本の学校では想像できますね。デンマークの教育現場を見てきた直後にこの記事を読みましたので軽く衝撃を受けました。

デンマークでは認められる教育が根付いていることを書きましたが、その背景にあるのは自分を出していいという「安心感」があります。
自分のモノサシで発言し、行動できるので対話が生まれます。対話が生まれれば、相手の考えを知るきっかけになります。相手の背景や考え方がわかれば、認めやすくなります。プラスの循環だと言えます。
対話こそが重要であるという認識があるからこそ、安心感をつくりだす工夫がされているのかもしれませんね。

私がこどものキャンプを実施する場合、こどもたちが発言しやすくなるよう、自分を出すことを意識します。人間の生理現象であるう〇ち、おならと言えば、こどもは大はしゃぎ。大好きなのです。
私の発言でこどもや青年ボランティアの表情が一瞬にして変わります。「えっ、いいの?」という表情です。生理現象をタブーにしてしまう方が問題ありそうな気がしますが。

あるこどもが私に言った言葉があります。「こんな大人がいるって知って安心した。」

こどもたちは、「立派な大人にならなければいけない」というプレッシャーの中で育っています。それが自分らしさに連動されていないと心の中で苦しむことになるのです。
大人になる希望よりも苦しみを感じていることもあるのです。皆がそうではありませんが、私の経験上、日本のこどもたちはココロの開放に時間がかかる気がします。

また、勉強ができる子も辛い思いをしているケースもあります。生意気だと捉えられるのです。人よりも秀でた才能を持っているのにも関わらず発揮できないのは辛いですよね。そんなこどもたちが自分を押し殺し、普通にしようとする空気があるのは事実だと思います。安心感ではなく、不安を感じているのが現状でしょうか。

デンマークではあらゆる場面で大人のサポートがシステムに組み込まれていました。
学校では先生だけではなく、精神的な先生など専門的対応のできる人を2~3人は配置しています。こどもも親も先生も安心し合えるシステムにしているのです。
学校の先生も仕事が大変。こどもたちも忙しい。親御さんも忙しいし教育にも不安。そこに、第三者の信頼できるプロフェッショナルを配置することで、不安を安心に変えていました。
システムはありますが、信頼関係がなければできないことです。その点の信頼関係構築のための話合いをする機会が多いのもデンマークの特徴でしょう。

幼児期からたくさんの体験をして、自分らしさを出すことを評価され、様々な人との対話で育っていく。大人はこどもに教育するよりも、「安心感をつくりだすこと」に力を入れているように思えました。

ではこの安心感を私たちの家庭で出せるような工夫はできないでしょうか。
それは、まずは大人が「ありのまま」を出すことだと思います。隠し事やタブーがあれば、その雰囲気はこどもに伝わってしまいます。例えば「ありのまま」が暴力になる人は、専門的な方法が必要でしょう。ありのままで勝負できるように、人格を磨いていくことも教育の役割かもしれませんね。私は、「家庭くらいはこどもが自分を出せる空間」をつくってやりたいと考えています。

では、私の場合。釣りやプロレスが好きです。テレビを見て興奮しています。釣り番組を見終わったら、なぜか筋トレ。いつかは船ででっかいブリを釣ってみたいと夢を語り、そのための筋力トレーニング。息子たちもなぜか筋トレをはじめます(笑)
おかげで息子たちからは「こんなアホなおとうちゃんは他にはいない」と高評価です。
また、過去の人生の失敗、世界を旅したことなども語ります。ありのままの自分を語り、自分を出していくこと。自分の言葉で人生を語ること。こどもに自分らしくいていいよと言う前に、まずは自分がありのままにいることが、場の安心感につながると思っています。そして、このような考えが家庭に限らず、地域にも拡がっていけば安心感のある空間になるかもしれませんね。
ありのままを認められると楽です。自分をつくらないといけない環境にいるとストレスや不安は溜まっていきます。

では、ありのままでいた時に、みんながみんな積極的なのでしょうか。私はそう思いません。積極的な人もいれば、消極的な人もいます。意見を言う方が心地よい人もいれば、聞く方が楽な方もいます。
大切なのは言うか、言わないかではなく、自分の考えをもっているのか?ということではないでしょうか。
私がこどもたちの話合いのファシリテーターをしている時に、いつも意見を言う子が話をまとめようとしてくれました。その子が普段あまり意見を言わない子に意見を聞きました。すると、誰もが考えていなかったアイデアを話し、周りの子が説得されたのです。しっかりと自分の考えを持っていることで認められるようになり、表情も変わってきました。言いたくても言えない子もいます。その状況で安心感によって意見を引き出すことも必要ですし、色んな人がいるんだと理解し合える場も必要だと思います。

また、話合いができないグループの時は、どのようにすれば自分の意見を言いやすいか?というワークショップをやったりします。すると、こどもたちの中から「人の意見を否定しない、陰口を言わない。」と出てきます。その後、話合いはスムーズにいきます。実はこどもたちも場をよりよくしたいのです。

私たち大人は、そんなこどもたちに寄り添い、気づきを与えることが重要です。そして、その解決方法を体験させればよいのだと思います。そんな大人がいると、「自分の意見もひろってもらえる、支えてくれる」という安心感になり、こどもたちが成長しやすい状況になっていくのだと思います。

場だけではなく、人間関係も安心感に連動しています。その一で書いたように、認められる関係性があるからこそ、こどもたちが安心感を土台にのびていくように思えます。

では、日本の教育はそうではないのか?私はそんなことはないと思います。日本の風土、文化で謙遜、謙虚というものがありますが、相手を立てへりくだるのも外国から見れば称賛に値する考え方でもあります。規律正しく育つのも社会性と考えればプラスの面だと思います。
日本の強みや良いことも認めながら、外の考えをも融合させていけばよいことです。学校の先生も必死にこどもたちのことを考えています。親御さんもそうです。
しかし、関わる方たちがクレームなどに怯え、不安の中での教育になっています。この状況はそもそも楽しそうではない(笑)やはり、楽しんでいる方が創造的なチカラを持ち、認めやすいと思います。

場の安心感をつくりだすために、自分らしくいれること、対話によってわかりあうこと。まずはそのことを家庭で実現していくことから始めるべきではないでしょうか。

急に社会が変わることは難しいと思いますが、きっと地道な小さな一歩を続けることで変わるのだと思います。大人になると大変だと思っている子が増えているとも言われる時代です。
現状を嘆いているだけではなく、もしかしたら大人がよりよくするために前向きに努力している背中こそがこどもたちにとっての安心感になるかもしれませんね。

次は「対話を引き出すデザイン」です。お楽しみに!

佐藤陽平

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